金さんのこと~韓国企業とタイアップ その2
金さんは私より20歳ぐらい年下でしょうか。私よりしっかりしていて、バイタリティある青年です。
韓国人留学生の会があって、彼は第17代の会長だったそうです。会長は選挙で選ばれるそうで、選挙戦は激しかったそうです。
もちろん会長になれば過去の方たちとのつながりもできるので、帰国すれば何らかのメリットはその後に出てくるのでしょう。
中国人は華僑のような組織があるし、最近では海外で成功したりする中国人を国内で表彰することもあるようです。またそこに新しいネットワークを、国レベルで構築してるようです。
韓国はまだまだコネ社会、人間関係の社会で有るようで、大統領が変わると何かしらこのことで汚職が明らかいなったりします。社会のシステムとして組み込まれているからでしょう。
日本はだんだんこのようなことは希薄になってきているのではないでしょうか。
鍼灸の社会でも、聞くところによれば東北地方出身者の先生は、同じ出身者を弟子に取る傾向があるようです。
同じ学校出身、同県人、親戚関係などコネは発生します。
昔聞いた話では、会社に出来は悪いが「有名軍人の孫」などを雇っていたそうです。新規開拓などの時に、その人間を連れていくと面会ができた時代もあったようです。
世界に出た時、日本人や日本国はこのようなネットワークは成立しているのだろうか。
商社とか世界的な企業は情報収集力はあるであろうが、国家としてそれが生かされているとは全く言えないように思う。
アメリカなどは中国式のネットワークはないと思うが、国家としての情報収集がそれに代わって強力に推し進められているのでしょうか。
前回書いたとおり今金さんは、留学生の斡旋と韓国不動産の投資斡旋をしています。経済状況が良くないので大変そうです。
しかし最近日本から話が持ち込まれる、特許権の販売や提携話です。経済のスピードが何につけても早い韓国のことなので、その魅力は大いにあるのではないでしょうか。
すでに言われていてなりつつあることですが、アジアはいま1つのマーケットとして考えなければならない。インターネットで物を購入しているが、もうすぐ中国や韓国やインドの
商品が、直接楽天市場で買えるのではないでしょうか。
そのようなアジアが1つになった時に、今までのコネクションはまた新たな形、人と人との信頼関係のネットワークへと進歩していくのではないでしょうか。
金さんは私と何かしら仕事ができるといいですねと言ってくれています。私も専攻は経済関係なので興味はありますが、共同でやるというより彼の手助けがどこまでできるかに興味がわいています。
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2010年4月15日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:韓国関係
金さんのこと?韓国企業とタイアップ
彼は兵役を終了して大学を出て日本に留学をしました。日本の大学を出れば就職が約束されていたからです。
ところが語学学校2年、大学4年計6年たって帰国すると時代が変わっていました。今浦島太郎のようなものでした。ほんの10年ほど前のことだったでしょうか。
今は最高学府ソウル大学を出ても就職率は5割、その学生は6ヶ国語に堪能だそうです。厳しいのです。
私が彼に通訳を頼んだのは7年ほど前でした。就職先がなかったのでやむなく企業をしました。留学生の紹介業です。日本の学生を韓国に、韓国の学生を日本の語学学校にというようにです。
ところが2年前に久しぶりに連絡を取ると、語学留学関係より不動産へとシフトしていました。もちろん留学生の斡旋はしているのですが、韓流ブームとかがいきなり巻き起こったっため、大手の語学学校が参入してきたので割をくってしまったのです。
そこで在日韓国人に韓国の不動産投資を促すサイトに衣がえをしたというわけです。
しかし今の情勢は日本と同じで不動産関係は韓国でも良くありません。そこで患者さんで不動産関係の方が居たので、こちらのノウハウを分けてもらうよう橋渡しを図りました。しかし日本の彼もそれどころではなく、この話はなくなりました。
そのあとに出てきたのが、IT技術者の日本への紹介業です。これも経済の悪い中では、需要自体がないということできえてしまいました。
ところがこのようなことがあったせいなのか、彼の努力の成果なのか日本企業から韓国企業を紹介してくれと、数件引き合いが出てきているそうなのです。
日本の企業は縦社会であるくせに、何かいったん事が起きると誰も責任を取らないという、無責任きわまる社会です。
何か良い発明やプランがあっても、失敗のリスクばかりを計算して誰も踏み出さない社会です。それは公務員だけでななく民間の会社でも同じで、日本における宿痾(シュクア)のようなものです。
泥船日本丸から抜け出して、結論の早い韓国に協業を図る中小企業が出てきているそうです。
何しろソニーやシャープなどの液晶テレビは、サムスン電子にやられっぱなしでしょう。スピードに欠けるのろまなカメになり下がってしまっているのが、日本の今です。
私が公務員になって15年ほどした時に、新しく移動してきた係長に言われた言葉が今でも忘れません。
役人は何か事をしようとするまたは終了したときに、起案文書なるものを作って決済に回します。この仕事の内容は云々、そして決済は課長までなのか部長どまりか、あるいは市長まで回すのか。
私が書いているとこの係長から声がかかりました。「長谷川早く書いて回せ」私がキョトンとしていると開口一番こう言いました。「いいか、その文書が来たらおれはすぐ判を押して課長に回したいんだ。いいか、課長が判を押したところで何かあったら責任は課長に移るんだぞ」
20年近く役所にいて、ハンコの意味とはどういう生きた意味が込められているのかを、その時初めて知ったのでした。
役人とは、日本社会とはということです。戦後進駐軍が戦争責任を追及していったのですが、結局責任者を明かすことができなかったということでした。まさにこのようなこともその縮図なのでしょう。
大惨事が起きても社長が辞めるだけで、腹を切るわけでもなく頭を下げるだけ。刑務所にもいかない。
このような無責任な社会構造である限り、経済社会でも日本は浮上できないのではないだろうか。
財閥中心の経済構造ではあるけれど、集中し変化の速い韓国と組むことは、日本の中小企業、ベンチャー企業にとっては未来があるかも知れない
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2010年4月10日|コメント (0)|トラックバック (0)
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韓流ブーム
今日は少し韓国と私との関わり方を書いて見ましょう。
韓流ブームって全く最近のことですよね。でも6年ほどは経過しているかもしれません。
私は韓国の鍼高麗手指鍼を生業にしています。鍼を学ぶと言うことは、その生まれた国の文化も学ばなければと思いました。ここまでは全く殊勝な考えでしたが、はて?語学は全く苦手です。未だしゃべれません。トホホ。
そこで考えたのが音楽を聴いたり、ビデオやDVDを見たりすることでした。近くでNHKのハングル語講座スタッフの語学教室が開かれました。そこでシン・スンフンの声に初めて触れたのです。さすがバラードの帝王といわれるだけあり、惚れ惚れする美声です。
次々にCDを取り寄せ聞きまくった時期もありました。手指鍼学会に招かれた時は、ソウルの大きなCDショップに駆けつけ、目当ての歌手を探しまくりました。でも意外と探せ出せないのです。何故かというと、韓国の音楽マーケットは日本ほど大きくはないので、CD発売も最初に枚数を決めておしまい。と言うようになってしまうのでした。相当有名な歌手でもなければ、過去のCDを探すことは至難の業です。
ビデオも見ましたが、作品の質は良いものではありませんでした。パンソリを描いた「風の丘に聞け 西便制 ソ・ピョンジェ」がキネマ旬報の賞をとったことぐらいしか、日本で韓国映画が注目されることはありませんでした。この頃のスターはハン・ソッキュぐらいでした。「接続 チョプソック」と言う映画の主人公でした。でもこの映画では相手の女優のチョン・ドヨンがかわいかった。ハン・ソッキュの演技は未だし、背中で語る演技が出来ていないなー、と言う感想でした。
その後大ヒット作「シュリ」で韓国映画そのものが爆発的なヒットをし始めるのです。この頃彼は「ハングル講座」に出演し、インタビューに答えたことがあります。感心したのは「我々は国民にとって模範とならなければいけない存在だ。したがって私生活から自らを律している」と答えたのには、韓国人の責任感と矜持を見た思いがしました。
これ以後次々に映画はヒットを飛ばしていきます。これはそれ以前から韓国政府が、映画産業をバックアップして、若手の映画関係者を欧米の映画学校へ留学させました。彼らが帰国し製作を始めたことが、次々映画産業の興隆を支えていたのです。
ただ「接続」はアメリカ映画、「ユーブ・ガッタ・メイル」のリメイクであったし、「祝祭スクセ」は、日本映画伊丹十三監督の「お葬式」の焼き直しでした。まだまだ脚本の世界は後進国でした。
「接続」以前のビデオ映画を見ると、すごい役者がいましたね。顔が。エーッツこれで映画俳優の顔?と思うような役者が、オールキャストと言う物もありました。ハン・ソッキュがまだ知られていなかった頃で、「グリーン・フィッシュ」はやくざを描いた映画でしたが、その役者たちにはビックリしたものでした。
時代が返れば返るほど、見るべきものがないなと言う感じで、一時の熱は冷めてしまいました。仕事の方が忙しくなってきたこともあります。体調を壊したこともあります。それから一時離れていました。3年ほどブランクが合ったでしょうか。
ところが突然「韓流ブーム」と言う言葉が聞こえてきました。ぺ・ヨンジュンの顔を見た時はたまげました。これが韓国人俳優と言う感じでしたから。
シン・スンフンのコンサートにも、1昨年行きました。30代後半から80歳まで、ペンライトを振って応援する姿には圧倒されて帰ってきました。また彼は母国ではバラードの帝王ではあるが、また歌って踊るスターでもあるようです。しかし、見目形がずんぐりむっくり短足では、日本人の肥えた眼からすると、このスタイルでは人気は持続しないな、そう個人的には思えました。
でもこのような形で、韓国と日本がより密接に結びついていくことは、大変良いことであると思えます。感覚的には様々なところでずれが生じますが、それも日本人のDNAに韓国人と同じものが4分の1含まれているわけで、似ていること自体が自然なことです。
宮内庁もやっと認めたように、皇室との関係も昔は蜜で合ったわけです。それはすでに20年前に出版された藤村由加 著「人麻呂の暗号」から、日韓関係の新たな扉が開かれたのではないかと、私自身は考えています。
歴史との関係で言えば、鍼灸師の社会的評価・社会的地位が低いのは、日本と韓国です。
これは日本が韓国を占領していた間に、日本人が韓国社会に植えつけた悪しき通念です。
中国では鍼灸は国の医療の担い手であり、鍼灸師は病院内で西洋医と対等に治療をしています。国家公務員なのです。ヨーロッパでは鍼は医師が行ないます。
アメリカでは鍼を行なうのは、医師・漢方医・鍼灸師です。日本人鍼灸師がハーバード大学医学部で、鍼灸を教えています。さすがプラグマティズムの国と感心すると同時に、外国には、鍼に対する偏見はないことも分かります。
韓流ブームの話題からそれてしまいました。このテーマで興味あるブログを見つけましたので、ご覧ください。面白かったです。
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2009年2月10日|コメント (0)|トラックバック (0)
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