手のひら先生の東洋医学講座 2
手のひら先生の東洋医学講座 2
東洋医学を批判する者たちに対して、漢方の論客として名をはせた竹山晋一郎は「君たちはもっと東洋医学を学ぶべきだ」と一喝した。著書「漢方医術復興の理論」で述べています。
昭和初期に書かれた頃も今も、西洋医学から東洋医学への批判は続いていた。そのときの論客が彼であった。
私が考えるのに、西洋医学や西洋哲学から東洋医学や東洋哲学を批判することは出来ない。
話は突然飛んでしまうのだが、東洋医学を体験したりすることで、それが一気に理解できてしまうこともある。有名な話であるが、戦後進駐軍が日本を占領して日本改革を始めた時、鍼灸も廃絶されそうになった。ところがその中の将校の一人が腰痛だかになり、鍼治療を勧められ劇的に治ったことで、医療として生き延びることができた事実がある。
今現役最長老の漢方医、山田光胤先生(昔治療を受けたことがあります。30年前でしたか。)が雑誌に書かれていたのですが、お子さんが病気になって処方に困った時、義父の大塚敬節先生に尋ね処方した。ところが効かなかった。そこで再度質問したところ、「どのように煎じたのか?」と聞かれ「煎じている時に出た灰汁を取り除いて子供に飲ませた」と答えた。義父は「それだから効かないのだ。灰汁もまた薬だ」と答えたそうです。
西洋医学、例えば漢方薬を批判する側だと内科医になると思いますが、批判側は漢方薬を西洋薬と同じような診断で使っているようです。東洋医学の診断処方の「証を立てる」と言うようなことをしていないようです。以前小柴胡湯が肝炎に効いたと言う1点を取り出し、肝硬変患者に大量に投与し結局肝機能障害を起こし、5名だったか死亡患者が出たことがあります。
中国人の漢方医はこのことを、著書の中で驚き且つ笑っていました。彼らにとってもちろん日本の漢方医にとっても、このことは噴飯ものの出来事でしょう。
東洋医学と言うのは、治療段階にまで降りてくると、ごく個人的なレベルに収斂してしまうものだと考えている。だからと言ってこのことが、批判の対象になることではないと思っている。
西洋医学でも、医師個人個人の技量に差があることは否めない事実である。あるところに通院していたら風邪といわれていたが、病院を変えたら胆嚢炎の熱であったなど良く聞くことである。東洋医学ほどその差ははなはだしくはないであろうが、しかし厳然として人間のやることには避けられないことである。
西洋薬は製薬会社が一定の基準で、単一の製品を大量に生産する。漢方薬は漢方医のさじ加減があり、鍼灸師は個々人のつぼの取り方がある。しかしこのことを持って、片方が一方を批判するには当らない。
では東洋医学には基準がないのかと思われるかも知れない。共通の認識、共通の感覚がないのか? そのようなことはない。東洋医学には黄帝内経と言うバイブルがあり、神農本草経や傷寒論など様々な本がある。これを先輩または師と呼ばれるような方を中心にして、本を読むとと同時にその体験を吸収していくのである。鍼灸師は実際の現場において、一つ一つ様々なことを教えてもらうのです。
明治時代に戦争に備え医師法が出来たときから、漢方のこのシステムが大きく崩壊してしまったのである。
もちろんこのシステムを必死に維持している方やグループは存在しますが、実際の需要に対応しきれていないのが現状なのです。修行や弟子入りと言う言葉に置き換えられる、この治療習得システムは辛さが伴います。また入り口が狭い難しさもあります。
さてこのことを書いていてもとりとめがなくなってしまうので、バイブルから治療の末端まで関係し、重要であるにも係らず極く私的な能力と考えられている「気」についての研究に進みましょう。
東洋医学を批判する者たちに対して、漢方の論客として名をはせた竹山晋一郎は「君たちはもっと東洋医学を学ぶべきだ」と一喝した。著書「漢方医術復興の理論」で述べています。
昭和初期に書かれた頃も今も、西洋医学から東洋医学への批判は続いていた。そのときの論客が彼であった。
私が考えるのに、西洋医学や西洋哲学から東洋医学や東洋哲学を批判することは出来ない。
話は突然飛んでしまうのだが、東洋医学を体験したりすることで、それが一気に理解できてしまうこともある。有名な話であるが、戦後進駐軍が日本を占領して日本改革を始めた時、鍼灸も廃絶されそうになった。ところがその中の将校の一人が腰痛だかになり、鍼治療を勧められ劇的に治ったことで、医療として生き延びることができた事実がある。
今現役最長老の漢方医、山田光胤先生(昔治療を受けたことがあります。30年前でしたか。)が雑誌に書かれていたのですが、お子さんが病気になって処方に困った時、義父の大塚敬節先生に尋ね処方した。ところが効かなかった。そこで再度質問したところ、「どのように煎じたのか?」と聞かれ「煎じている時に出た灰汁を取り除いて子供に飲ませた」と答えた。義父は「それだから効かないのだ。灰汁もまた薬だ」と答えたそうです。
西洋医学、例えば漢方薬を批判する側だと内科医になると思いますが、批判側は漢方薬を西洋薬と同じような診断で使っているようです。東洋医学の診断処方の「証を立てる」と言うようなことをしていないようです。以前小柴胡湯が肝炎に効いたと言う1点を取り出し、肝硬変患者に大量に投与し結局肝機能障害を起こし、5名だったか死亡患者が出たことがあります。
中国人の漢方医はこのことを、著書の中で驚き且つ笑っていました。彼らにとってもちろん日本の漢方医にとっても、このことは噴飯ものの出来事でしょう。
東洋医学と言うのは、治療段階にまで降りてくると、ごく個人的なレベルに収斂してしまうものだと考えている。だからと言ってこのことが、批判の対象になることではないと思っている。
西洋医学でも、医師個人個人の技量に差があることは否めない事実である。あるところに通院していたら風邪といわれていたが、病院を変えたら胆嚢炎の熱であったなど良く聞くことである。東洋医学ほどその差ははなはだしくはないであろうが、しかし厳然として人間のやることには避けられないことである。
西洋薬は製薬会社が一定の基準で、単一の製品を大量に生産する。漢方薬は漢方医のさじ加減があり、鍼灸師は個々人のつぼの取り方がある。しかしこのことを持って、片方が一方を批判するには当らない。
では東洋医学には基準がないのかと思われるかも知れない。共通の認識、共通の感覚がないのか? そのようなことはない。東洋医学には黄帝内経と言うバイブルがあり、神農本草経や傷寒論など様々な本がある。これを先輩または師と呼ばれるような方を中心にして、本を読むとと同時にその体験を吸収していくのである。鍼灸師は実際の現場において、一つ一つ様々なことを教えてもらうのです。
明治時代に戦争に備え医師法が出来たときから、漢方のこのシステムが大きく崩壊してしまったのである。
もちろんこのシステムを必死に維持している方やグループは存在しますが、実際の需要に対応しきれていないのが現状なのです。修行や弟子入りと言う言葉に置き換えられる、この治療習得システムは辛さが伴います。また入り口が狭い難しさもあります。
さてこのことを書いていてもとりとめがなくなってしまうので、バイブルから治療の末端まで関係し、重要であるにも係らず極く私的な能力と考えられている「気」についての研究に進みましょう。
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2009年6月11日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:東洋医学講座
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